「決める」より「決まっていく」
2009年01月19日
何度もここで書いてますが、今年から来年にかけては、僕の中で大きな転換期になると思ってます。アメリカ生活10年目に入り、いよいよアメリカにこのまま残るか、日本に帰るかの方向性を定めていきたいなと思ってます。
ただ、正直言って、どちらがいいという絶対的な希望はないんですよね。アメリカでずっと一人で生活してきて、精神的には結構いっぱいいっぱいなので、日本に帰りたい気持ちは確かに強いです。でもだからといって、アメリカでの生活は自分を成長させてくれるし、今よりも良い条件でいられるチャンスがあれば残ってもいいと思っています。自分の今までの積み重ねを生かせて、さらに今抱えている問題を少しでも解決できる所であれば、どこでも行ったるわいといった気持ちです。
それをもちろん自分で決めてしまうこともできます。
「日本に帰って仕事をしよう」
または
「やっぱりアメリカに残ってやれるまでやろう」
そう決めたら、絶対になんらかの仕事を見つけてやってくことはできると信じてます。今までの経験から言って、いろいろと考えながら、課題を見つけて、改善していく姿勢があれば必ず道っていうのは開けてくると思ってます。
ただ、そうやって自分で決めてしまうっていうのは、同時に、自分で自分の道を狭めてしまうことにもなりかねない。
「転職する」「結婚する」「留学する」などなどいろいろなゴールを自分で設定する事はできます。でもそういったゴールを達成すること自体が目的になってしまい、自分の周りにいる人の期待、身近にあるチャンス、身近にいるパートナーなどを自分で捨ててしまっては本末転倒な気がします。そういう目標って「会社と自分」、「パートナーと自分」などの関係性の中から、粘り強い対話を通じた結果、出てくるものなんじゃないかなと思ってます。
僕はやっぱりゴールに至るまでの過程を大事にしたい。その過程の中での試行錯誤、葛藤を大事にしたい。そこで僕が傷つくかもしれない。僕が誰かを傷つけるかもしれない。でも、そういった過程をすっとばしてゴールして、充実感が得られるのか疑問に思っています。逆にそういった過程を粘り強く行えれば行えたほど、達成感も大きいんじゃないでしょうか。
だから、別に自分で自分の道を狭めなくても、周りが教えてくれるんじゃないかなと最近思ってます。日本の企業にアプローチをしていく過程で「今のあなたの能力、年齢だと日本じゃ無理だよ。でも、この仕事ならいけるよ」と知らせてもらえたり、アメリカで大学や企業にアプローチして「アメリカでこのまま生きてくの大変だよ、日本に帰ったら」と教えてもらえたり。
そうやって、自分の興味があるところに顔を出して、粘り強く対話を続けて行けば、自然と拒絶され?可能性が閉ざされていくと思うんですよね。いい意味で選択肢がなくなっていく。周りが僕の軌道修正をしてくれる。
でも、そんな中から、ポっと何か、自分の居場所が見つかるかもしれない。
僕は今、そんな新しい自分の居場所が見つかることをすごく楽しみにしています。
もしかしたらそれは今自分がいる場所かもしれない。もしかしたらそれは日本かもしれない。または全然違う国かもしれない。でも、どこに行こうとも、必ず今より成長した自分になれているという確信があります。だから、不安になる必要なんてないのかなと思います。
今までの半年間くらい、ずっと不安だったのは、実際にいろいろと動ける時期に来ていなかったから。動きたいのに動けないというもどかしさを抱えていたから。せっかちな自分が先を焦りすぎて、自分で自分を追い込んでいたからでした。
今、やっと時期的に動けるようになりました。僕は基本的に頭で考えるよりも、動きながら考えるタイプの人間なので、これでやっと伸び伸びできる気がしています。動いて動いて動いて。断られて、断られて、断られて…ははは。仕事先に関しても、結婚のパートナーにしてもそうですね。でもそんな中で、必ず突破口が見つかるはずです。
「自分で決める」というのももちろん重要です。でも、様々な人との対話の中から「決まっていく」という感覚も同じぐらい大事にして、未来へ続く道を見つけていければいいなと思ってます。
Life is a journey, not a destination
僕の好きな言葉の一つです。ゴールに至るまでの過程を大切に。そしてなにより楽しんで。
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