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	<title>スズキシンヤの覚え書き &#187; 生き方</title>
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	<description>アメリカ合衆国ニューヨーク州から発信中</description>
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		<title>ゴールを定めない生き方のススメ</title>
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		<pubDate>Wed, 28 Jul 2010 05:19:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shinya</dc:creator>
				<category><![CDATA[生き方]]></category>

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		<description><![CDATA[僕がよく読ませてもらっているzen habitsで、ゴールを定めない生き方のすすめが書かれていました。最近考えていたことだったので、ちょっと覚え書きしておこうかと思います。 If you live without goals, you’ll explore new territory. You’ll learn some unexpected things. You’ll end up in surprising places. 引用元: the best goal is no goal &#124; zen habits. 目標を定めて、それを達成する。僕もそういったことにものすごくこだわっていた時期がありました。でも基本的にグータラ人間な僕には無理な話で、結局、自分が定めたゴールに振り回されて、ストレスの原因を増やし、挙げ句の果てに目標を達成できない自分を責める、といった悪循環に陥ったこともしばしば…。 となると、本当にゴールを設定することがよいのかという気にもなります。逆に僕の場合は、何かをやりたいと思った時、いちいちゴールを定めなくても、その時々の気持ちを大事にして何気なく始めたほうが、むしろ結果として大きなことが達成できるんじゃないか…。 もちろん、ゴール設定をしたほうが、スムーズに行く場合もたくさんありますけどね。チームで何かをやるときは、やっぱりゴールを共有していたほうがいいし。 ただ、ゴールに縛られない事で、逆に新しい発見をしたり、思ってもみなかった場所に辿り着いたりできることも多々あります。目的を持たずに進んで行くことの、醍醐味ですよね。自分の想像を超えた、偶然との巡り会いとでもいうのでしょうか。記事を読んでそんなことを考えさせてもらいました。 そういえば、ゴールについて考えるときにいつも思い出すのが… Success is a journey not a destination. コロラド大学の卒業式の祝辞で、Richard S. Fuld, Jr氏からいただいた言葉です。過去に達成できなかったゴールや、未来のゴールに振り回されすぎずに、今というのを大切にしていければなと思います。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>僕がよく読ませてもらっているzen habitsで、ゴールを定めない生き方のすすめが書かれていました。最近考えていたことだったので、ちょっと覚え書きしておこうかと思います。</p>
<blockquote><p>If you live without goals, you’ll explore new territory. You’ll learn some unexpected things. You’ll end up in surprising places.</p>
<p>引用元: <a href="http://zenhabits.net/no-goal/">the best goal is no goal | zen habits</a>.</p></blockquote>
<p>目標を定めて、それを達成する。僕もそういったことにものすごくこだわっていた時期がありました。でも基本的にグータラ人間な僕には無理な話で、結局、自分が定めたゴールに振り回されて、ストレスの原因を増やし、挙げ句の果てに目標を達成できない自分を責める、といった悪循環に陥ったこともしばしば…。</p>
<p>となると、本当にゴールを設定することがよいのかという気にもなります。逆に僕の場合は、何かをやりたいと思った時、いちいちゴールを定めなくても、その時々の気持ちを大事にして何気なく始めたほうが、むしろ結果として大きなことが達成できるんじゃないか…。</p>
<p>もちろん、ゴール設定をしたほうが、スムーズに行く場合もたくさんありますけどね。チームで何かをやるときは、やっぱりゴールを共有していたほうがいいし。</p>
<p>ただ、ゴールに縛られない事で、逆に新しい発見をしたり、思ってもみなかった場所に辿り着いたりできることも多々あります。目的を持たずに進んで行くことの、醍醐味ですよね。自分の想像を超えた、偶然との巡り会いとでもいうのでしょうか。記事を読んでそんなことを考えさせてもらいました。</p>
<p>そういえば、ゴールについて考えるときにいつも思い出すのが…</p>
<blockquote><p>Success is a journey not a destination.</p></blockquote>
<p>コロラド大学の卒業式の祝辞で、Richard S. Fuld, Jr氏からいただいた言葉です。過去に達成できなかったゴールや、未来のゴールに振り回されすぎずに、今というのを大切にしていければなと思います。</p>
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		<title>「人生は5つのボール」Bryan Dyson氏のスピーチ</title>
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		<pubDate>Sun, 14 Mar 2010 17:23:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shinya</dc:creator>
				<category><![CDATA[生き方]]></category>

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		<description><![CDATA[最近ウェブ上でコカ・コーラ元CEO、Bryan Dyson氏のスピーチが話題になっているので、覚え書きしておきます。ちょうどこれからの生き方などについて考えていたときだったので、心にグっとくるスピーチでした。 Imagine life as a game in which you are juggling some five balls in the air. You name them – work, family, health, friends and spirit and you’re keeping all of these in the air. You will soon understand that work is a rubber ball. If you drop it, it will bounce back. [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>最近ウェブ上でコカ・コーラ元CEO、Bryan Dyson氏のスピーチが話題になっているので、覚え書きしておきます。ちょうどこれからの生き方などについて考えていたときだったので、心にグっとくるスピーチでした。<br />
<span style="font-family: Times; line-height: normal; font-size: small;"> </span></p>
<div style="background-image: initial; background-repeat: initial; background-attachment: initial; -webkit-background-clip: initial; -webkit-background-origin: initial; background-color: #ffffff; font: normal normal normal 13px/19px Georgia, 'Times New Roman', 'Bitstream Charter', Times, serif; background-position: initial initial; padding: 0.6em; margin: 0px;">
<blockquote><p>Imagine life as a game in which you are juggling some five balls in the air. You name them – work, family, health, friends and spirit and you’re keeping all of these in the air.</p>
<p>You will soon understand that work is a rubber ball. If you drop it, it will bounce back. But the other four balls – family, health, friends and spirit – are made of glass. If you drop one of these, they will be irrevocably scuffed, marked, nicked, damaged or even shattered. They will never be the same. You must understand that and strive for Balance in your life.</p>
<p>引用元: <a href="http://amoalsale.wordpress.com/2009/11/04/life-by-bryan-dyson/">Life – By Bryan Dyson « Life Rocks</a>.</p></blockquote>
</div>
<p>彼は人生は5つのボールをジャグリング（お手玉）しているしてるようなものだと言ってます。</p>
<p>5つのボール、それは「仕事」「家族」「健康」「友達」「精神」。その中で「仕事」だけはゴムボールなので、落としても跳ね返ってくる。でも、その他の「家族」「健康」「友達」「精神」のボールはガラスでできているので、落としたら大きく傷ついてしまうかもしれないし、最悪割れてしまい二度と元に戻らないかもしれない。だから、それらのことを常に心にとめて、人生のバランスを取らなきゃいけない。</p>
<p>要約するとそういった内容になるかと思います。</p>
<p>「仕事」というのを他の4つと分けているのが面白いですよね。この5つのボールの中では、もしかしたら一番柔軟性がある要素なのかもしれません。もちろん「仕事」のボールを落としてどれだけ跳ね返って来るかは、それぞれの国の事情にもよるかと思います。アメリカと日本にしても、転職のしやすさはかなり違いますしね…。</p>
<p>でもその他の4つに関してはほぼ万国共通ではないでしょうか。一度落としたら二度と前と同じ状態には戻らないもの。特に「家族」「健康」「友達」などはそれを失ってはじめてその大きさを知るなんて場合があります。だからこそ、それらはガラスのボールであるということを常に意識して、普段からしっかりと向き合わなければいけないテーマですよね。落としてから後悔しないためにも。</p>
<p>5つのボールを上手に、そして楽しくジャグリングしていくにはどうしたらいいか。</p>
<p>僕は来月またひとつ年をとるので、今後の生き方についてちょうど考えていたところでした。今までは「仕事」「精神」あたりを特に意識していましたが、今後は「家族」「健康」そして「友達」についてもう少し考えていかないとなと思っています。かといって、あまり力みすぎても肩に力が入りすぎてうまくジャグリングできない気もするので、あくまでもリラックスしていければなと思います。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>言行一致ってそんなに大事なこと？</title>
		<link>http://www.shinyasuzuki.com/apple/%e8%a8%80%e8%a1%8c%e4%b8%80%e8%87%b4%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%9d%e3%82%93%e3%81%aa%e3%81%ab%e5%a4%a7%e4%ba%8b%e3%81%aa%e3%81%93%e3%81%a8%ef%bc%9f/</link>
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		<pubDate>Sat, 27 Feb 2010 04:46:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shinya</dc:creator>
				<category><![CDATA[Apple/Mac]]></category>
		<category><![CDATA[ビジネス]]></category>
		<category><![CDATA[生き方]]></category>

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		<description><![CDATA[最近、MacBook Airの購入を考えていて、ウェブでいろいろと調べていたら、ウィキペディアでスティーブ・ジョブス氏のこんなエピソードを目にしました。 2004年3月に、アップル社入社面接で前刀禎明がジョブズに対し、VAIOの最薄部9.7mmのノートパソコン「PCG-X505/SP」[2]を出し、「日本でMacを売るためにはこのような製品が必要だ」と述べたものの、ジョブズは「拡張性のないノートパソコンはダメ」と否定したという[3]。 引用元: MacBook Air &#8211; Wikipedia. 「拡張性のないノートパソコンはダメ」っていうのはすごいですね…。MacBook Airは拡張性がないことが逆に魅力になってるわけですから…。 Apple MacBook Air 2.13GHz 13.3インチ MC234J/A アップル 2009-06-10売り上げランキング : 37995 Amazonで詳しく見る by G-Tools この話がどこまで事実に忠実なのかはわからないのですが、いずれにしても、ジョブス氏が昔言ったことをくつがえして、新製品を発表するというのは有名な話。今話題のiPadだって、昔はキーボードのないパソコンは必要ないみたいな発言してたらしいですし…（参照：ジョブズCEOが「前言を撤回」した実例6選 &#124; WIRED VISION.）。 ただ、だからと言って、僕は言ってることとやってることが違うじゃん！って彼を批判する気には全くなれないんですよね。でも、それがどうしてかモヤモヤしてました。 そんな中、最近その人間性に興味があり、いろいろと調べさせてもらっているウォーレン・パフェット氏のこんなエピソードを発見しました。 1989年、670万ドルで社用ジェット機を購入した際に、かつて他社のジェット機購入を批判したことを引き合いに出して冗談交じりに「THE INDEFENSIBLE」（言語道断号）と名づけた。 引用元: ウォーレン・バフェット &#8211; Wikipedia. かつては批判してたことを、自分でやってしまい、そしてそれを笑いに変えてしまう。ビル・ゲイツと並び、世界長者番付で常に上位にランクされるパフェット氏ですが、こういうおちゃめなところが人気の秘密なんだろうなと思います。これなんて、言行一致じゃ全然ないのに、器がデカい！と、むしろ好感すら持ててしまうエピソードな気がします。 そう思ってまたさらに調べていくと、こんな記事を書いてらっしゃる方を見つけました。 考えてみると、「言行一致」の裏側には、 「自分の信じているものが完全である」 と言う思い込みがある。しかし現実には、色々な側面があり、自分の間違いの可能性がある。従って、「自分の言っていること全てが正しい」と言うのは傲慢そのものである。 引用元: 言行一致は良いものか？: 勉強の方法補充. なるほど。言行一致というものにこだわりすぎると、間違いの可能性に気がつかず、硬直してしまう可能性がある。何かを言ったあとに、自分の意見が変わることもあるだろうし、周りの環境が変わることもあるでしょうしね。言行一致してなきゃ絶対ダメ！っていう考え方には無理があるような気がします。 だからといって、じゃあ、なんでもかんでも言うだけ言って、行動は伴わなくてもいいのかといったら、そうではないと思うんですよね。 トップやリーダーと呼ばれる人たちに限っては、言行の不一致が命取りになります。 それは、彼らの言が多くの人たちを左右しているからです。 いったんそこに不信が生ずれば、誰もその言に従いません。 引用元: 第69回：危ない経営者第4条・言行が一致しない経営者｜物流ウィークリー・物流と運送、ロジスティクスの総合専門紙. 確かに、これは本当にその通りだなと実感します。やはりリーダーや経営者ともなると、その言葉に多くの人が左右されるわけですから、発言には責任が伴います。短絡的で軽はずみな発言というのは信頼を失うだけ。 でも、ジョブス氏やパフェット氏はなぜ信頼を失わず、人を惹き付けるのか。 それは、やはり彼らが結果を残しているからなんじゃないでしょうか。過去にどんなことを言っていたとしても、その間違いに気がつき、周囲の変化に対応し、人々を魅了する製品やサービスを作り出している。だからこそ、周りは彼らに振り回されながらも、惹き付けられてしまうのではないでしょうか。 必ずしも言っていることと、やっていることが伴わなくてもいい。でも、やっぱり何かしらの結果は残さなきゃ周りは納得しない。 どういうわけか、今夜はそんなことを考えました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>最近、MacBook Airの購入を考えていて、ウェブでいろいろと調べていたら、ウィキペディアでスティーブ・ジョブス氏のこんなエピソードを目にしました。</p>
<blockquote><p>2004年3月に、アップル社入社面接で前刀禎明がジョブズに対し、VAIOの最薄部9.7mmのノートパソコン「PCG-X505/SP」[2]を出し、「日本でMacを売るためにはこのような製品が必要だ」と述べたものの、ジョブズは「拡張性のないノートパソコンはダメ」と否定したという[3]。</p>
<p>引用元: <a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/MacBook_Air">MacBook Air &#8211; Wikipedia</a>.</p></blockquote>
<p>「拡張性のないノートパソコンはダメ」っていうのはすごいですね…。MacBook Airは拡張性がないことが逆に魅力になってるわけですから…。</p>
<table  border="0" cellpadding="5">
<tr>
<td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B002CJM7S0/ryugakulife-22/" target="_top"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/31SAxbJH3UL._SL160_.jpg" border="0" alt="Apple MacBook Air 2.13GHz 13.3インチ MC234J/A" /></a></td>
<td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B002CJM7S0/ryugakulife-22/" target="_top">Apple MacBook Air 2.13GHz 13.3インチ MC234J/A</a></p>
<p>アップル  2009-06-10<br />売り上げランキング : 37995</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B002CJM7S0/ryugakulife-22/" target="_top">Amazonで詳しく見る</a></font><font size="-2"> by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td>
</tr>
</table>
<p>この話がどこまで事実に忠実なのかはわからないのですが、いずれにしても、ジョブス氏が昔言ったことをくつがえして、新製品を発表するというのは有名な話。今話題のiPadだって、昔はキーボードのないパソコンは必要ないみたいな発言してたらしいですし…（参照：<a href="http://wiredvision.jp/news/201002/2010021723.html">ジョブズCEOが「前言を撤回」した実例6選 | WIRED VISION</a>.）。</p>
<p>ただ、だからと言って、僕は言ってることとやってることが違うじゃん！って彼を批判する気には全くなれないんですよね。でも、それがどうしてかモヤモヤしてました。</p>
<p>そんな中、最近その人間性に興味があり、いろいろと調べさせてもらっているウォーレン・パフェット氏のこんなエピソードを発見しました。</p>
<blockquote><p>1989年、670万ドルで社用ジェット機を購入した際に、かつて他社のジェット機購入を批判したことを引き合いに出して冗談交じりに「THE INDEFENSIBLE」（言語道断号）と名づけた。</p>
<p>引用元: <a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/ウォーレン・バフェット">ウォーレン・バフェット &#8211; Wikipedia</a>.
</p></blockquote>
<p>かつては批判してたことを、自分でやってしまい、そしてそれを笑いに変えてしまう。ビル・ゲイツと並び、世界長者番付で常に上位にランクされるパフェット氏ですが、こういうおちゃめなところが人気の秘密なんだろうなと思います。これなんて、言行一致じゃ全然ないのに、器がデカい！と、むしろ好感すら持ててしまうエピソードな気がします。</p>
<p>そう思ってまたさらに調べていくと、こんな記事を書いてらっしゃる方を見つけました。</p>
<blockquote><p>考えてみると、「言行一致」の裏側には、</p>
<p>「自分の信じているものが完全である」</p>
<p>と言う思い込みがある。しかし現実には、色々な側面があり、自分の間違いの可能性がある。従って、「自分の言っていること全てが正しい」と言うのは傲慢そのものである。</p>
<p>引用元: <a href="http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-46cb.html">言行一致は良いものか？: 勉強の方法補充</a>.</p></blockquote>
<p>なるほど。言行一致というものにこだわりすぎると、間違いの可能性に気がつかず、硬直してしまう可能性がある。何かを言ったあとに、自分の意見が変わることもあるだろうし、周りの環境が変わることもあるでしょうしね。言行一致してなきゃ絶対ダメ！っていう考え方には無理があるような気がします。</p>
<p>だからといって、じゃあ、なんでもかんでも言うだけ言って、行動は伴わなくてもいいのかといったら、そうではないと思うんですよね。</p>
<blockquote><p>トップやリーダーと呼ばれる人たちに限っては、言行の不一致が命取りになります。</p>
<p>それは、彼らの言が多くの人たちを左右しているからです。</p>
<p>いったんそこに不信が生ずれば、誰もその言に従いません。</p>
<p>引用元: <a href="http://www.weekly-net.co.jp/110/694.php">第69回：危ない経営者第4条・言行が一致しない経営者｜物流ウィークリー・物流と運送、ロジスティクスの総合専門紙</a>.</p></blockquote>
<p>確かに、これは本当にその通りだなと実感します。やはりリーダーや経営者ともなると、その言葉に多くの人が左右されるわけですから、発言には責任が伴います。短絡的で軽はずみな発言というのは信頼を失うだけ。</p>
<p>でも、ジョブス氏やパフェット氏はなぜ信頼を失わず、人を惹き付けるのか。</p>
<p>それは、やはり彼らが結果を残しているからなんじゃないでしょうか。過去にどんなことを言っていたとしても、その間違いに気がつき、周囲の変化に対応し、人々を魅了する製品やサービスを作り出している。だからこそ、周りは彼らに振り回されながらも、惹き付けられてしまうのではないでしょうか。</p>
<p>必ずしも言っていることと、やっていることが伴わなくてもいい。でも、やっぱり何かしらの結果は残さなきゃ周りは納得しない。</p>
<p>どういうわけか、今夜はそんなことを考えました。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>僕は常に自分にとってベストな場所にいる</title>
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		<pubDate>Sat, 01 Aug 2009 16:01:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shinya</dc:creator>
				<category><![CDATA[生き方]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.shinyasuzuki.com/?p=3713</guid>
		<description><![CDATA[ということを、なんか面倒くさいこと、嫌なことがあるたびに忘れてしまうんですよね…。 前々から読みたかったジェームズ・アレンの「原因と結果の法則」がニューヨークのBookoffで売っていたので購入しました。原因（自分自身）が結果（環境）を作り出すというシンプルな法則が、力強い文章で語られています。 「原因」と「結果」の法則James Allen サンマーク出版 2003-04売り上げランキング : 394 Amazonで詳しく見る by G-Tools 私たち人間は、私たちを存在させている法則でもある「原因と結果の法則」にしたがい、つねにいるべき場所にいます。私たちが自分の人格のなかに組み込んできた思いの数々が、私たちをここに運んできたのです。 僕は自分の意志でアメリカに来て生活をしてるんですが、日常生活のなかで嫌な事やストレスに感じることがあるとすぐに「なんでわざわざこんな所に来て生活してるんだろう…」なんて気持ちが頭をよぎったりします。でも、この「原因と結果の法則」は、今いる場所、環境が自分にとってベストな場所であると言い切ってます。 私たちは、進歩し、進化する生き物であり、どんなときにも自分が学び、成長を遂げるために最適な場所にいます。 普段ボケっと生活してると忘れてしまうんですが、確かに僕は、自分が学べる場所、成長できる場所としてその時々でベストな場所を選んできました。そして、あえて、厳しい場所、リスクが高い場所に自分を置いてしまう傾向にあります。それで、その厳しい状況や、リスクの高さに、やっぱもうだめだ…、疲れた…と思ってしまうことが多々あります。 でも、今ある厳しい状況や、リスクの高さというのは、それらを体験して、克服したかったから。むしろ、不満や問題があるということは、僕にとって大歓迎すべきこと。だって、それらを求めて、僕は今いる場所を選んだんだから。 もし私たちが、ある環境で必要な学習を積んだならば、その環境は間もなく、次の新しい環境に取って代わられることになります。 つまり現状の問題に立ち向かい、解決策を探り、自分を成長させ続け、人格の向上に努めていれば、環境は自然と変わって行くということ。 今ある問題や不満を、今いる場所で解決しようとすること。これは本当に重要なことだと思います。でも、それから逃げて、てっとりばやく環境を変えてしまいたいという誘惑にかられてしまうことがよくあります。 私たちは、愚痴を言ったり罵ったりすることをやめ、自分の人生を調整している「隠れた正義」の存在を認識し、それに自分の心をしたがわせはじめたときから、真の人間として生き始めます。そのときから、私たちは、自分の環境の悪さをほかの人たちのせいにするのをやめ、強く気高く思いをめぐらすことに努めつつ、自分自身の強化しはじめます。 この「隠れた正義」を信じられるかどうかなんでしょうね。この「隠れた正義」の呼び名というのは、いろいろあるわけですが、やっぱり僕の周りで立派だなと思える人は、辛抱強く何かを努力して、その結果として、大きな環境の変化を体験してます。 いずれにしても、自分が変わるにはやっぱりある程度の時間がかかります。途中で我慢できなくなって、環境を変えたいと思ってしまうこともあります。そこはでもやっぱり辛抱ですね。せっかちの僕は特にそれを気をつけて、日々生きていければと思います。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ということを、なんか面倒くさいこと、嫌なことがあるたびに忘れてしまうんですよね…。</p>
<p>前々から読みたかったジェームズ・アレンの「原因と結果の法則」がニューヨークのBookoffで売っていたので購入しました。原因（自分自身）が結果（環境）を作り出すというシンプルな法則が、力強い文章で語られています。</p>
<table  border="0" cellpadding="5">
<tr>
<td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4763195093/ryugakulife-22/ref=nosim/" target="_top"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41DXPHP16KL._SL160_.jpg" border="0" alt="「原因」と「結果」の法則" /></a></td>
<td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4763195093/ryugakulife-22/ref=nosim/" target="_top">「原因」と「結果」の法則</a><br />James Allen </p>
<p>サンマーク出版  2003-04<br />売り上げランキング : 394</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4763195093/ryugakulife-22/ref=nosim/" target="_top">Amazonで詳しく見る</a></font><font size="-2"> by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td>
</tr>
</table>
<blockquote><p>私たち人間は、私たちを存在させている法則でもある「原因と結果の法則」にしたがい、つねにいるべき場所にいます。私たちが自分の人格のなかに組み込んできた思いの数々が、私たちをここに運んできたのです。</p></blockquote>
<p>僕は自分の意志でアメリカに来て生活をしてるんですが、日常生活のなかで嫌な事やストレスに感じることがあるとすぐに「なんでわざわざこんな所に来て生活してるんだろう…」なんて気持ちが頭をよぎったりします。でも、この「原因と結果の法則」は、今いる場所、環境が自分にとってベストな場所であると言い切ってます。</p>
<blockquote><p>私たちは、進歩し、進化する生き物であり、どんなときにも自分が学び、成長を遂げるために最適な場所にいます。</p></blockquote>
<p>普段ボケっと生活してると忘れてしまうんですが、確かに僕は、自分が学べる場所、成長できる場所としてその時々でベストな場所を選んできました。そして、あえて、厳しい場所、リスクが高い場所に自分を置いてしまう傾向にあります。それで、その厳しい状況や、リスクの高さに、やっぱもうだめだ…、疲れた…と思ってしまうことが多々あります。</p>
<p>でも、今ある厳しい状況や、リスクの高さというのは、それらを体験して、克服したかったから。むしろ、不満や問題があるということは、僕にとって大歓迎すべきこと。だって、それらを求めて、僕は今いる場所を選んだんだから。</p>
<blockquote><p>もし私たちが、ある環境で必要な学習を積んだならば、その環境は間もなく、次の新しい環境に取って代わられることになります。</p></blockquote>
<p>つまり現状の問題に立ち向かい、解決策を探り、自分を成長させ続け、人格の向上に努めていれば、環境は自然と変わって行くということ。</p>
<p>今ある問題や不満を、今いる場所で解決しようとすること。これは本当に重要なことだと思います。でも、それから逃げて、てっとりばやく環境を変えてしまいたいという誘惑にかられてしまうことがよくあります。</p>
<blockquote><p>私たちは、愚痴を言ったり罵ったりすることをやめ、自分の人生を調整している「隠れた正義」の存在を認識し、それに自分の心をしたがわせはじめたときから、真の人間として生き始めます。そのときから、私たちは、自分の環境の悪さをほかの人たちのせいにするのをやめ、強く気高く思いをめぐらすことに努めつつ、自分自身の強化しはじめます。</p></blockquote>
<p>この「隠れた正義」を信じられるかどうかなんでしょうね。この「隠れた正義」の呼び名というのは、いろいろあるわけですが、やっぱり僕の周りで立派だなと思える人は、辛抱強く何かを努力して、その結果として、大きな環境の変化を体験してます。</p>
<p>いずれにしても、自分が変わるにはやっぱりある程度の時間がかかります。途中で我慢できなくなって、環境を変えたいと思ってしまうこともあります。そこはでもやっぱり辛抱ですね。せっかちの僕は特にそれを気をつけて、日々生きていければと思います。</p>
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		<title>とりあえず始めてみることの重要性</title>
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		<pubDate>Mon, 11 May 2009 16:38:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shinya</dc:creator>
				<category><![CDATA[整理術/時間管理/自己管理]]></category>
		<category><![CDATA[生き方]]></category>

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		<description><![CDATA[Lifehacking.jpさんの「アテンション・バランスの罠とそれを逃れる方法」という記事を読んで。 僕は、時々、よし何かやってやろう！と気分が高ぶる時がありますが、たいていうまくいきません。それをやり始める前に疲れ果ててしまい、結局やらずに終る場合が多いんです。 その理由はというと、いつもその「何か」を始める前に、準備とか、資料集めとかに時間とエネルギーを注いでしまいすぎることなんですね。慎重になりすぎてしまう。それで、その肝心の「何か」をはじめる前にくたびれてしまうんです。   If your mind is too focused on what’s happening in the next five minutes, you’ll never make progress on the things that will impact your life five years from now. If you’re too focused on tidying up your desk, reorganizing your paper clips and making sure everything is filed immaculately, you’re [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>Lifehacking.jpさんの「<a href="http://lifehacking.jp/2009/05/balance-of-attention/">アテンション・バランスの罠とそれを逃れる方法</a>」という記事を読んで。</p>
<p>僕は、時々、よし何かやってやろう！と気分が高ぶる時がありますが、たいていうまくいきません。それをやり始める前に疲れ果ててしまい、結局やらずに終る場合が多いんです。</p>
<p>その理由はというと、いつもその「何か」を始める前に、準備とか、資料集めとかに時間とエネルギーを注いでしまいすぎることなんですね。慎重になりすぎてしまう。それで、その肝心の「何か」をはじめる前にくたびれてしまうんです。</p>
<blockquote><p> </p>
<div>
<p>If your mind is too focused on what’s happening in the next five minutes, you’ll never make progress on the things that will impact your life five years from now. If you’re too focused on tidying up your desk, reorganizing your paper clips and making sure everything is filed immaculately, you’re just spinning your wheels.</p>
<p>引用元: <a href="http://zenhabits.net/2009/05/put-things-off-and-stop-caring-to-realize-your-dreams/">Put Things Off and Stop Caring to Realize Your Dreams | Zen Habits </a>.</div>
<p> </p></blockquote>
<p>前に走り出そうと勢いよく自分のタイヤを回してるけど、タイヤが地面についてないから全然前に進まない。なのにガゾリンはどんどんなくなっていく…。僕のよく陥る状況です。</p>
<p>例えば…</p>
<p>よし、「○○の情報サイト」を作ろう！</p>
<p>そう思って、実現のためにまずTo-Doリストを作ります。それから、本屋さんに行ってウェブ制作のための本と、○○の情報がのっている本を買ってきます。そしてそれを読んでいるうちに、「やっぱ僕のパソコン古いな。買い替えないと新しいサイトなんてできないぞ」と思い、新しいパソコンを調べ始めます。そして、「ああ、やっぱいいパソコン買うのにはお金貯めないとな」と思い、また本屋に行ってお金を貯める方法の本を探します。さらに、「なんだよ…、結局今の僕の状況じゃ、たいしてお金たまらないじゃん」と落ち込みはじめ、「ウェブサイトなんて作ってる場合じゃないや…」という結論に落ち着いてしまう。</p>
<p>うう…もどかしい…。やる気になったのに逆に自分を傷つけてるし…。</p>
<p>とまあ、こういう感じで、いろいろ動いてはいるんだけど、結局肝心な「○○の情報サイト」を作るということが全く始まっていない。肝心なことを始めるための準備ができていないという様々な「言い訳」を作って、やりたいことをどんどん先延ばしにしていってしまう。そして、力つきる…。力つきるだけならいいけど、自己否定に走りはじめたら、もはや支離滅裂ですからね。そういったことへの対処方法としてmehoriさんは</p>
<div>
<blockquote><p>なにか事業を開始する場合でも、いったん初めてみれば気にしなければいけない細かいことはどうしても常に発生してきます。だからこそ「プランが 80% できた時点で、見込みで始めてしまう」ことをして、残り 20% の細かい部分は後回しにしておくようにしようというわけです。</p>
<p>引用元: <a href="http://lifehacking.jp/2009/05/balance-of-attention/">アテンション・バランスの罠とそれを逃れる方法 | Lifehacking.jp</a>.</p></blockquote>
</div>
<p>と提案されてます。</p>
<p>大切なのは、とりあえずその「何か」そのものを始めてみること。準備はほどほどにしてやってみる。ウェブを作りたい時には、作り始めてみる。文章を書きたいときは、とりあえず書きはじめてみる。英語を勉強したいときは、とりあえず勉強しはじめてみる。</p>
<p>そういった感じで、軽く初めて見るのがいいのかもしれませんね。</p>
<p>たとえ机の上が無茶苦茶であろうと、やるべきことの順番が逆になってしまっても、途中矛盾が生じたとしても、とりあえずそういったものを気にしすぎずに突き進む。</p>
<p>そういったことは、ある程度のものが出来上がってから振り返ってみて、すこし手直しするなり整理するなりすればいい。</p>
<p>結局難しいのは何かをやろうとする「意欲」を作り出すこと。でもせっかく意欲が湧いたのに、それを他のことに使ってしまってはもったえない。その意欲はやっぱり何かを作り出すことにダイレクトに使ってやらなきゃいけない。美しくやろうとすること、効率よくシンプルにやろうとすることにエネルギーを使いすぎてはもったえない。</p>
<p>そしてある程度のものが出来上がればこっちのもの。手直しするにはそんなにモチベーションはいらないですからね。ベースがあるわけですから。美しくないもの、必要ないものは削ってあげればいいわけですから。</p>
<p>そんなわけで、これからも「何かやりたい！」と意欲を持った時、その意欲をダイレクトに「何か」のために使えればと思います。そもそも、そういう意欲、やる気なんて怪しいもので、持続しないことが多かったりします。だからこそ、どんどん手と足を動かして形にしていきたいなと思います。この文章もそんな感じで書き始めて、なんとか書き終わりました。また数日後に見返して手直しできたらなと思います。</p>
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		<title>楽しいことをしまくる一年にしよう</title>
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		<pubDate>Wed, 22 Apr 2009 16:18:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shinya</dc:creator>
				<category><![CDATA[生き方]]></category>

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		<description><![CDATA[わたくし、自分ってわりと新しいこと、面白いことが好きな人間だなと思っております。他の人がどう思っているかわかりませんが、基本的に、生まれてこのかた、「面白い何か」「楽しい何か」を追求してきた気がします。面白いものがない場合は、自分で何か作るという精神でやってきました。ともかく、面白い事、楽しい事が大好き。人生のいろいろなステージでの選択も、この「楽しい」ということを基準に選んできたと思います。大学名でもなく、給料でもなく、企業名でもない。「楽しいかどうか」というのがキーワードでした。 ただ、それって微妙に快楽主義的というか、現実的じゃないというか、いいのかこんな楽しいことばっかやってて…的な罪悪感を持っていて、常に不安にさいなまれていたりもしてました。やっぱり自分の面白いと思うことやってるだけじゃ駄目なんじゃないか。自分の好きな人とだけ付き合ってたらだめなんじゃないか。大人なんだから、やっぱ苦手な事も我慢して、面白くないなと思う人達とも付き合っていかないといけないんじゃないか。そんな風に考えて、なんだかいろんなことに目をつむって時間を過ごしてきてしまった気がします。「楽しいかどうか」という基準を捨てて、何か別の基準でもって判断を下してきてしまっていた。もっともらしい理由を作り出して、決断を下してしまった。 だからか、ここ数年、何かにこう自分らしさというものがず〜っと抑圧されていた気がします。誰かと話していても、何をしていても、こう自分が自分でいられない。本気で笑えない。楽しめない。昔だったら 「なんでこの人達こんな面白くないこと話して盛り上がれるんだろう…」 と素直に思えていたのが、思えない。もしかしたら、自分の考え方、やり方がおかしいんじゃないか。むしろ、周りに合わせられない僕が幼いんじゃないか。そんな風に、自己否定に走り始めることが多くなりました。 こうなってしまったのは、自分で自分を抑圧していた部分もあるし、環境や人間関係によって抑圧されていた部分も両方あると思います。まあ、全ては自分が引き寄せてしまったんのですが…。歳をとってきていて、保守化してきている、安定化しているというのもあるのかもしれません。 でも、これはよくない。ぜんぜんよくない。 人一倍楽しいこと、新しいこと、面白いことが好きな僕としては、この状況は打開しなければいけない。抑圧されていた欲求を解放してやらなければいけない。中途半端ではなく、本気でそのつっかえを取らなきゃいけない。嫌なものはやっぱ嫌だし、付き合いにくい人はやっぱり付き合いにくい。面白くない人と一緒にいる時間はやっぱりもったえない。人を傷つけても平気な人、反省がない人とは付き合ってちゃいけない。もちろんそういう人達とも上手くやってかなきゃいけないけど、それ以上に魅力的でワクワクさせてくれる人達との時間を増やさなくちゃいけない。 明日は僕の誕生日なので、何か今年一年の生き方、方向性みたいなのを書いておこうと思って、このエントリーをダラダラ書き始めてみたのですが、こうやって書いている間にも、やっぱり自分が楽しいと思えること、欲求を大切にしていかなければいけないなと確信しはじめました。そのためには、自分自身の欲求に素直になる必要があるし、本気で楽しいことをやってる陽気でクリエイティブな人達といい時間を過ごしていかなきゃいけません。環境を変えて、人間関係を変えて、自分の中から出てくる力を上手く解放してあげなきゃいけない。 ほんと、人生短いですからね。楽しまなきゃ。 そんなわけで、今年一年は、ともかく楽しいことをガンガンやって、刺激的な人達とガンガン付き合う。美味しいものを食べて、大好きな音楽を聴く。そうロック、ロック。そして仕事は地味に続けつつ生活を確保。もちろん生活は質素に。そんな中で、何かクリエイティブなことができたらいいなと思ってます。 長くて暗かったトンネルを抜けて、今年こそ本来の自分に戻ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたくし、自分ってわりと新しいこと、面白いことが好きな人間だなと思っております。他の人がどう思っているかわかりませんが、基本的に、生まれてこのかた、「面白い何か」「楽しい何か」を追求してきた気がします。面白いものがない場合は、自分で何か作るという精神でやってきました。ともかく、面白い事、楽しい事が大好き。人生のいろいろなステージでの選択も、この「楽しい」ということを基準に選んできたと思います。大学名でもなく、給料でもなく、企業名でもない。「楽しいかどうか」というのがキーワードでした。</p>
<p>ただ、それって微妙に快楽主義的というか、現実的じゃないというか、いいのかこんな楽しいことばっかやってて…的な罪悪感を持っていて、常に不安にさいなまれていたりもしてました。やっぱり自分の面白いと思うことやってるだけじゃ駄目なんじゃないか。自分の好きな人とだけ付き合ってたらだめなんじゃないか。大人なんだから、やっぱ苦手な事も我慢して、面白くないなと思う人達とも付き合っていかないといけないんじゃないか。そんな風に考えて、なんだかいろんなことに目をつむって時間を過ごしてきてしまった気がします。「楽しいかどうか」という基準を捨てて、何か別の基準でもって判断を下してきてしまっていた。もっともらしい理由を作り出して、決断を下してしまった。</p>
<p>だからか、ここ数年、何かにこう自分らしさというものがず〜っと抑圧されていた気がします。誰かと話していても、何をしていても、こう自分が自分でいられない。本気で笑えない。楽しめない。昔だったら</p>
<p>「なんでこの人達こんな面白くないこと話して盛り上がれるんだろう…」</p>
<p>と素直に思えていたのが、思えない。もしかしたら、自分の考え方、やり方がおかしいんじゃないか。むしろ、周りに合わせられない僕が幼いんじゃないか。そんな風に、自己否定に走り始めることが多くなりました。</p>
<p>こうなってしまったのは、自分で自分を抑圧していた部分もあるし、環境や人間関係によって抑圧されていた部分も両方あると思います。まあ、全ては自分が引き寄せてしまったんのですが…。歳をとってきていて、保守化してきている、安定化しているというのもあるのかもしれません。</p>
<p>でも、これはよくない。ぜんぜんよくない。</p>
<p>人一倍楽しいこと、新しいこと、面白いことが好きな僕としては、この状況は打開しなければいけない。抑圧されていた欲求を解放してやらなければいけない。中途半端ではなく、本気でそのつっかえを取らなきゃいけない。嫌なものはやっぱ嫌だし、付き合いにくい人はやっぱり付き合いにくい。面白くない人と一緒にいる時間はやっぱりもったえない。人を傷つけても平気な人、反省がない人とは付き合ってちゃいけない。もちろんそういう人達とも上手くやってかなきゃいけないけど、それ以上に魅力的でワクワクさせてくれる人達との時間を増やさなくちゃいけない。</p>
<p>明日は僕の誕生日なので、何か今年一年の生き方、方向性みたいなのを書いておこうと思って、このエントリーをダラダラ書き始めてみたのですが、こうやって書いている間にも、やっぱり自分が楽しいと思えること、欲求を大切にしていかなければいけないなと確信しはじめました。そのためには、自分自身の欲求に素直になる必要があるし、本気で楽しいことをやってる陽気でクリエイティブな人達といい時間を過ごしていかなきゃいけません。環境を変えて、人間関係を変えて、自分の中から出てくる力を上手く解放してあげなきゃいけない。</p>
<p>ほんと、人生短いですからね。楽しまなきゃ。</p>
<p>そんなわけで、今年一年は、ともかく楽しいことをガンガンやって、刺激的な人達とガンガン付き合う。美味しいものを食べて、大好きな音楽を聴く。そうロック、ロック。そして仕事は地味に続けつつ生活を確保。もちろん生活は質素に。そんな中で、何かクリエイティブなことができたらいいなと思ってます。</p>
<p>長くて暗かったトンネルを抜けて、今年こそ本来の自分に戻ります。</p>
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		<title>「決める」より「決まっていく」</title>
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		<pubDate>Mon, 19 Jan 2009 04:19:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shinya</dc:creator>
				<category><![CDATA[生き方]]></category>

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		<description><![CDATA[何度もここで書いてますが、今年から来年にかけては、僕の中で大きな転換期になると思ってます。アメリカ生活10年目に入り、いよいよアメリカにこのまま残るか、日本に帰るかの方向性を定めていきたいなと思ってます。 ただ、正直言って、どちらがいいという絶対的な希望はないんですよね。アメリカでずっと一人で生活してきて、精神的には結構いっぱいいっぱいなので、日本に帰りたい気持ちは確かに強いです。でもだからといって、アメリカでの生活は自分を成長させてくれるし、今よりも良い条件でいられるチャンスがあれば残ってもいいと思っています。自分の今までの積み重ねを生かせて、さらに今抱えている問題を少しでも解決できる所であれば、どこでも行ったるわいといった気持ちです。 それをもちろん自分で決めてしまうこともできます。 「日本に帰って仕事をしよう」 または 「やっぱりアメリカに残ってやれるまでやろう」 そう決めたら、絶対になんらかの仕事を見つけてやってくことはできると信じてます。今までの経験から言って、いろいろと考えながら、課題を見つけて、改善していく姿勢があれば必ず道っていうのは開けてくると思ってます。 ただ、そうやって自分で決めてしまうっていうのは、同時に、自分で自分の道を狭めてしまうことにもなりかねない。 「転職する」「結婚する」「留学する」などなどいろいろなゴールを自分で設定する事はできます。でもそういったゴールを達成すること自体が目的になってしまい、自分の周りにいる人の期待、身近にあるチャンス、身近にいるパートナーなどを自分で捨ててしまっては本末転倒な気がします。そういう目標って「会社と自分」、「パートナーと自分」などの関係性の中から、粘り強い対話を通じた結果、出てくるものなんじゃないかなと思ってます。 僕はやっぱりゴールに至るまでの過程を大事にしたい。その過程の中での試行錯誤、葛藤を大事にしたい。そこで僕が傷つくかもしれない。僕が誰かを傷つけるかもしれない。でも、そういった過程をすっとばしてゴールして、充実感が得られるのか疑問に思っています。逆にそういった過程を粘り強く行えれば行えたほど、達成感も大きいんじゃないでしょうか。 だから、別に自分で自分の道を狭めなくても、周りが教えてくれるんじゃないかなと最近思ってます。日本の企業にアプローチをしていく過程で「今のあなたの能力、年齢だと日本じゃ無理だよ。でも、この仕事ならいけるよ」と知らせてもらえたり、アメリカで大学や企業にアプローチして「アメリカでこのまま生きてくの大変だよ、日本に帰ったら」と教えてもらえたり。 そうやって、自分の興味があるところに顔を出して、粘り強く対話を続けて行けば、自然と拒絶され？可能性が閉ざされていくと思うんですよね。いい意味で選択肢がなくなっていく。周りが僕の軌道修正をしてくれる。 でも、そんな中から、ポっと何か、自分の居場所が見つかるかもしれない。 僕は今、そんな新しい自分の居場所が見つかることをすごく楽しみにしています。 もしかしたらそれは今自分がいる場所かもしれない。もしかしたらそれは日本かもしれない。または全然違う国かもしれない。でも、どこに行こうとも、必ず今より成長した自分になれているという確信があります。だから、不安になる必要なんてないのかなと思います。 今までの半年間くらい、ずっと不安だったのは、実際にいろいろと動ける時期に来ていなかったから。動きたいのに動けないというもどかしさを抱えていたから。せっかちな自分が先を焦りすぎて、自分で自分を追い込んでいたからでした。 今、やっと時期的に動けるようになりました。僕は基本的に頭で考えるよりも、動きながら考えるタイプの人間なので、これでやっと伸び伸びできる気がしています。動いて動いて動いて。断られて、断られて、断られて…ははは。仕事先に関しても、結婚のパートナーにしてもそうですね。でもそんな中で、必ず突破口が見つかるはずです。 「自分で決める」というのももちろん重要です。でも、様々な人との対話の中から「決まっていく」という感覚も同じぐらい大事にして、未来へ続く道を見つけていければいいなと思ってます。 Life is a journey, not a destination 僕の好きな言葉の一つです。ゴールに至るまでの過程を大切に。そしてなにより楽しんで。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>何度もここで書いてますが、今年から来年にかけては、僕の中で大きな転換期になると思ってます。アメリカ生活10年目に入り、いよいよアメリカにこのまま残るか、日本に帰るかの方向性を定めていきたいなと思ってます。</p>
<p>ただ、正直言って、どちらがいいという絶対的な希望はないんですよね。アメリカでずっと一人で生活してきて、精神的には結構いっぱいいっぱいなので、日本に帰りたい気持ちは確かに強いです。でもだからといって、アメリカでの生活は自分を成長させてくれるし、今よりも良い条件でいられるチャンスがあれば残ってもいいと思っています。自分の今までの積み重ねを生かせて、さらに今抱えている問題を少しでも解決できる所であれば、どこでも行ったるわいといった気持ちです。</p>
<p>それをもちろん自分で決めてしまうこともできます。</p>
<p>「日本に帰って仕事をしよう」</p>
<p>または</p>
<p>「やっぱりアメリカに残ってやれるまでやろう」</p>
<p>そう決めたら、絶対になんらかの仕事を見つけてやってくことはできると信じてます。今までの経験から言って、いろいろと考えながら、課題を見つけて、改善していく姿勢があれば必ず道っていうのは開けてくると思ってます。</p>
<p>ただ、そうやって自分で決めてしまうっていうのは、同時に、自分で自分の道を狭めてしまうことにもなりかねない。</p>
<p>「転職する」「結婚する」「留学する」などなどいろいろなゴールを自分で設定する事はできます。でもそういったゴールを達成すること自体が目的になってしまい、自分の周りにいる人の期待、身近にあるチャンス、身近にいるパートナーなどを自分で捨ててしまっては本末転倒な気がします。そういう目標って「会社と自分」、「パートナーと自分」などの関係性の中から、粘り強い対話を通じた結果、出てくるものなんじゃないかなと思ってます。</p>
<p>僕はやっぱりゴールに至るまでの過程を大事にしたい。その過程の中での試行錯誤、葛藤を大事にしたい。そこで僕が傷つくかもしれない。僕が誰かを傷つけるかもしれない。でも、そういった過程をすっとばしてゴールして、充実感が得られるのか疑問に思っています。逆にそういった過程を粘り強く行えれば行えたほど、達成感も大きいんじゃないでしょうか。</p>
<p>だから、別に自分で自分の道を狭めなくても、周りが教えてくれるんじゃないかなと最近思ってます。日本の企業にアプローチをしていく過程で「今のあなたの能力、年齢だと日本じゃ無理だよ。でも、この仕事ならいけるよ」と知らせてもらえたり、アメリカで大学や企業にアプローチして「アメリカでこのまま生きてくの大変だよ、日本に帰ったら」と教えてもらえたり。</p>
<p>そうやって、自分の興味があるところに顔を出して、粘り強く対話を続けて行けば、自然と拒絶され？可能性が閉ざされていくと思うんですよね。いい意味で選択肢がなくなっていく。周りが僕の軌道修正をしてくれる。</p>
<p>でも、そんな中から、ポっと何か、自分の居場所が見つかるかもしれない。</p>
<p>僕は今、そんな新しい自分の居場所が見つかることをすごく楽しみにしています。</p>
<p>もしかしたらそれは今自分がいる場所かもしれない。もしかしたらそれは日本かもしれない。または全然違う国かもしれない。でも、どこに行こうとも、必ず今より成長した自分になれているという確信があります。だから、不安になる必要なんてないのかなと思います。</p>
<p>今までの半年間くらい、ずっと不安だったのは、実際にいろいろと動ける時期に来ていなかったから。動きたいのに動けないというもどかしさを抱えていたから。せっかちな自分が先を焦りすぎて、自分で自分を追い込んでいたからでした。</p>
<p>今、やっと時期的に動けるようになりました。僕は基本的に頭で考えるよりも、動きながら考えるタイプの人間なので、これでやっと伸び伸びできる気がしています。動いて動いて動いて。断られて、断られて、断られて…ははは。仕事先に関しても、結婚のパートナーにしてもそうですね。でもそんな中で、必ず突破口が見つかるはずです。</p>
<p>「自分で決める」というのももちろん重要です。でも、様々な人との対話の中から「決まっていく」という感覚も同じぐらい大事にして、未来へ続く道を見つけていければいいなと思ってます。</p>
<p>Life is a journey, not a destination</p>
<p>僕の好きな言葉の一つです。ゴールに至るまでの過程を大切に。そしてなにより楽しんで。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>優柔不断とはちょっと違う</title>
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		<pubDate>Wed, 17 Dec 2008 07:18:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shinya</dc:creator>
				<category><![CDATA[生き方]]></category>

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		<description><![CDATA[僕は以前、自分のことをとても「優柔不断な人間」だと思っていたことがあります。 最近、高校時代の友達と話す機会があって、「シンヤはまだ優柔不断なのか？」と聞かれて、いや、そんなことは全然ないぞと、優柔不断という言葉に違和感を感じたので、ちょっとそれについて考えてみることにしました。だって、自分のキャリアを振り返ってみても、結構ちゃんと決断している気がするからです、だからといって決断力がある！ともいえないですが、大学にしろ、大学院にしろ、職場にしろ、恋愛にしろ、結構それなりに決めてきた気がします。決断して、わりといろいろなものを捨ててきたと思うし。いや、結構大きいものを捨ててきましたよ、ほんと（あくまで、自分の中でのことですけど）。ミシガンに来た時も、すごくいろんなものを捨てましたしね（痛たたた…ははは）。 そりゃーもちろん、今でも確かに決断までは迷います。決断の時、まわりの人に「え、それで大丈夫なの？」と心配してくれたりされて、決断に自信がなくなったりもします。でも、わりと最後は自分の意志と直感を信じて、バシバシ決めてきた気がします。もちろん決断の後で後悔することがよくあるけど、決断しない限り、見えないものがありますからね。 だから、決して僕は優柔不断じゃないと思う。 でも、自分のことを優柔不断だと思っていたのには何かわけがある気がします。そう、僕は結構日常生活の中で、「どうしよう、どうしよう」と悩むことが多い。多分、それがそう思わせる原因だと思うようになりました。それが自分にも、周りにも優柔不断にうつるんじゃないかと。決断の後にも、自分の下した決断が正しかったのかで不安になって、やっぱり「どうしよう、どうしよう」となる。でも、そういう不安って、持ってもいいと思うし、決しておかしなことじゃないと思っています。 他にも、そういう迷っているときというのは、単純に決断の時ではなかったことが多い気がします。決断する必要もないのに、いろいろなことが不安になって、何かを決断しようとしている焦っている状態。時期尚早なのに、まだ情報やら人との交流やらが十分集まってきてないのに、気持ちだけが先走っている状態。そういう状態の時も、僕はとりあえず周りの人に話すし、自分でもすごく意識するので、それが優柔不断なんだと勘違いしてきたのかもしれません。 でも、それは優柔不断なんじゃなくて、決断するタイミングがまだ来てなかっただけ。だって、確かに僕は優しく、柔らかくいろいろなことを考えようとするけど、不断ではありません。最終的には自分で決断します。そして決断して、しばらくたったら、決してそれを変えようとせず、むしろ自分の決断が正しかったと思えるように行動していきます。 だからどちらかといえば、優柔不断じゃなくて、優柔決断型なんじゃないかと思うようになりました。そうじゃなかったとしても、そうなりたいですね。柔らかにいろいろな意見、機会を受け入れて、いつの日か訪れる決断の時に備える事ができればいいなと思っています。 僕に足りないのは。むしろそのための辛抱強さなのかもしれません。 だから、僕はきっと「優柔不断」なんじゃなくて、「せっかち」なんですね。 決断を急ぎすぎるあまり、いろいろ不安に不安が重なって、「どうしよう、どうしよう」となる。結果をすぐに求めるために、すぐに何かを変えようとして焦ってしまう。そう、きっと僕は「せっかち」なんです。 そんなわけで、どうしても今の自分にしっくりこない「優柔不断」という言葉とさよならするためにこのエントリーを書いてみました。 「せっかち」か…。そういえば台湾人の友達Rも同じこと言ってたな…。 そんな僕と友達のRにこの言葉を贈ります。 &#8220;Don&#8217;t hurry. Don&#8217;t worry. You&#8217;re only here on a short visit, so don&#8217;t forget to stop and smell the flowers&#8221; by Walter Hagan 明日以降のことを思い悩んでばかりいずに、今も十分に楽しんでいきたいですね。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>僕は以前、自分のことをとても「優柔不断な人間」だと思っていたことがあります。</p>
<p>最近、高校時代の友達と話す機会があって、「シンヤはまだ優柔不断なのか？」と聞かれて、いや、そんなことは全然ないぞと、優柔不断という言葉に違和感を感じたので、ちょっとそれについて考えてみることにしました。だって、自分のキャリアを振り返ってみても、結構ちゃんと決断している気がするからです、だからといって決断力がある！ともいえないですが、大学にしろ、大学院にしろ、職場にしろ、恋愛にしろ、結構それなりに決めてきた気がします。決断して、わりといろいろなものを捨ててきたと思うし。いや、結構大きいものを捨ててきましたよ、ほんと（あくまで、自分の中でのことですけど）。ミシガンに来た時も、すごくいろんなものを捨てましたしね（痛たたた…ははは）。</p>
<p>そりゃーもちろん、今でも確かに決断までは迷います。決断の時、まわりの人に「え、それで大丈夫なの？」と心配してくれたりされて、決断に自信がなくなったりもします。でも、わりと最後は自分の意志と直感を信じて、バシバシ決めてきた気がします。もちろん決断の後で後悔することがよくあるけど、決断しない限り、見えないものがありますからね。</p>
<p>だから、決して僕は優柔不断じゃないと思う。</p>
<p>でも、自分のことを優柔不断だと思っていたのには何かわけがある気がします。そう、僕は結構日常生活の中で、「どうしよう、どうしよう」と悩むことが多い。多分、それがそう思わせる原因だと思うようになりました。それが自分にも、周りにも優柔不断にうつるんじゃないかと。決断の後にも、自分の下した決断が正しかったのかで不安になって、やっぱり「どうしよう、どうしよう」となる。でも、そういう不安って、持ってもいいと思うし、決しておかしなことじゃないと思っています。</p>
<p>他にも、そういう迷っているときというのは、単純に決断の時ではなかったことが多い気がします。決断する必要もないのに、いろいろなことが不安になって、何かを決断しようとしている焦っている状態。時期尚早なのに、まだ情報やら人との交流やらが十分集まってきてないのに、気持ちだけが先走っている状態。そういう状態の時も、僕はとりあえず周りの人に話すし、自分でもすごく意識するので、それが優柔不断なんだと勘違いしてきたのかもしれません。</p>
<p>でも、それは優柔不断なんじゃなくて、決断するタイミングがまだ来てなかっただけ。だって、確かに僕は優しく、柔らかくいろいろなことを考えようとするけど、不断ではありません。最終的には自分で決断します。そして決断して、しばらくたったら、決してそれを変えようとせず、むしろ自分の決断が正しかったと思えるように行動していきます。</p>
<p>だからどちらかといえば、優柔不断じゃなくて、優柔決断型なんじゃないかと思うようになりました。そうじゃなかったとしても、そうなりたいですね。柔らかにいろいろな意見、機会を受け入れて、いつの日か訪れる決断の時に備える事ができればいいなと思っています。</p>
<p>僕に足りないのは。むしろそのための辛抱強さなのかもしれません。</p>
<p>だから、僕はきっと「優柔不断」なんじゃなくて、「せっかち」なんですね。</p>
<p>決断を急ぎすぎるあまり、いろいろ不安に不安が重なって、「どうしよう、どうしよう」となる。結果をすぐに求めるために、すぐに何かを変えようとして焦ってしまう。そう、きっと僕は「せっかち」なんです。</p>
<p>そんなわけで、どうしても今の自分にしっくりこない「優柔不断」という言葉とさよならするためにこのエントリーを書いてみました。</p>
<p>「せっかち」か…。そういえば台湾人の友達Rも同じこと言ってたな…。</p>
<p>そんな僕と友達のRにこの言葉を贈ります。</p>
<blockquote><p>&#8220;Don&#8217;t hurry. Don&#8217;t worry. You&#8217;re only here on a short visit, so don&#8217;t forget to stop and smell the flowers&#8221;<br />
by Walter Hagan</p></blockquote>
<p>明日以降のことを思い悩んでばかりいずに、今も十分に楽しんでいきたいですね。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>「転機」ということについて</title>
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		<pubDate>Tue, 25 Nov 2008 07:31:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shinya</dc:creator>
				<category><![CDATA[映画]]></category>
		<category><![CDATA[生き方]]></category>

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		<description><![CDATA[僕の場合、普段の生活をごく普通にしていると、自分の今の生活というのを客観的に見るきっかけというのがなかなかない気がします。確かに日常的に、嫌なこと、傷つくことというのはボチボチあって、その都度「今のままでいいのかな〜」などと漠然と考えることはあります。でも、そういった些細なことでいちいち立ち止まって考えていては、プライベートにも仕事にも支障をきたしてしまいます。面倒くさいことには目をつむって、人生を楽しまなくてはいけないですからね。 ところが、何年かに一度、自分の気持ちがものすごく動揺する出来事が起こったりします。大切な人の死、離婚、失恋、失業、地震や火事、車の当て逃げ、不慮の事故、怪我、病気、転勤…などなど。なかなか自分でコントロールの及ばないことであり、かつ、頻繁に起こることではないから、そういうことが起こると、かなり動揺してしまう。もちろん、どういうことがきっかけになるかというのは、個人レベル、その時の状況などで、全く違うと思うのですが。 いずれにしても、それらが原因となり、気持ちに動揺が起こり、その後、不安や喪失感が襲ってきます。すると、急に自分の今置かれている状況というのが鮮明に見えてきたりします。苦しい経験、辛い経験をした時、今の現状がそれを支えてくれるかどうか。仕事、人間関係、家族、パートナー、趣味などが、自分の喪失感を埋めてくれるのかどうか。そういった基盤が強固であれば、そのままで良いのですが、普段から現状に疑問や不満を持っていたりした場合は、それをきっかけに一気に吹き出す場合もある。そして自分の現状について、考えざるえない状況になる。 これが転機というものなんじゃないかと思うようになりました。 転機のきっかけは自分で作り出すもんじゃない。外から何らかの形で、刺激があって、その刺激が自分にとって大きかった時、潜在的にあった問題点が明らかになる。そして、それにどうやって対応するか考えざるえなくなり、現状を変えるためのアイデアを練り始め、実際に行動を起こす。 最近、「Sleepless in Seattle（邦題：めぐり会えたら）」を観たのですが、トム・ハンクスが演じる主人公は、奥さんの死をきっかけに、長年住んでいたシカゴを離れ、シアトルで新生活を始めます。彼のシカゴの同僚は、カウンセリングや新しいパートナー探しの話などをして彼を元気づけようとするのですが、彼には全く効果がありません。結局、彼は大きな変化が必要だということで、一人息子とともにシアトルへ引っ越します。引っ越した後ですら、二年間くらい、眠れない日々が続きます。死んだ奥さんへの気持ちから離れられずにいます。しかし、そんな彼を心配した息子が、とあるラジオ番組に電話をかけるところから、彼の新しい人生がスタートします。 彼の場合の転機は、最愛の奥さんの死でした。しかし奥さんを失った代わりとなるものがない。「時間が解決してくれる」ということをよく言いますが、彼は時間がたったとしても、現状のままでは喪失感は埋まらないのを知っていた。奥さんがあまりに素敵な人だったから、その代わりになる人なんてなかなか現れないというのがわかっていた。 だから、彼には大きな変化が必要だったんだと思います。場所を変え、新しい生活を始めようと行動していくことで、彼なりの新しい物語を作らなければならなかったんじゃないかと思います。死んだ奥さんの存在が大きかっただけに、彼女との思い出が残るシカゴを離れなければいけなかった。その喪失感、動揺を乗り越えるためには、思い切った変化が必要だった。 いろいろと共感することが多い映画でした。動揺することがあると、眠れなくなるというのもそう。僕は寝るの大好きだし、嫌な事はすぐ忘れようとするタイプだし、寝られないことは滅多にありません。だから、眠れなくなるほどの出来事というのは、僕の人生にとって非常に大きかったりします。 アメリカに来て十年目。そして日本語を教え始めて六年目（ボランティアやTAの時代も含め）。時期的に見ても様々なことを考え直さなければならない時が来ました。このままアメリカで日本語を教えていきたいという気持ちはまだ強いです。今まで積み重ねて来た経験を捨てるのにはかなりの覚悟がいります。でも、心細いアメリカでの生活で、大きく心が動揺することがあると、全てを投げ出してしまいたくなることがあります。やはり基盤となるものが弱い。だから、このまま教え続けていきたくても、何かを変えなければならない。だったら、何を変えなければいけないのか。今、これに取り組まなければ、またうやむやになって、数年間、問題を抱えたまま過ごさなくてはいけません。それだけはどうしても避けたいと思ってます。 ただ、考えているだけでは、何も変わりません。なので、少しずつ新しい一歩を踏み出していくことが大切なんでしょう。その現状を動かそうとする過程の中で見えてくるものがあるし、新しい人間関係というのも生まれてくるはずですからね。様々な行動を通じて、過去の自分、今の自分、そして未来の自分をつなげる、新しいストーリーを作っていければと思います。それがどんなことになるかは見当もつきませんが、それでいいんだと思います。行動を続けることで、どこかへ導かれていくんだと思います。たとえそれが僕の想像だにしなかったことでも、いいんだと思います。小さな自分自身が作る「未来の自分」にとらわれず、オープンな気持ちでこの問題に取り組んでいきたいです。 でもやっぱりキーワードは人なんだろうと思います。素敵な人との出会い。トムハンクスが演じた主人公を癒す事ができたのも、新しい出会いであり、人でしたからね。僕の場合もきっとそうなんじゃないかと思ってます。そんな人達とどこで出会えるのか、まだわからないのですが…。 「めぐり逢えたら」 [DVD] トム・ハンクス; メグ・ライアン; ビル・プルマン, ノーラ・エフロン  ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 2007-09-26 売り上げランキング : 42369 おすすめ平均 Amazonで詳しく見る by G-Tools]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>僕の場合、普段の生活をごく普通にしていると、自分の今の生活というのを客観的に見るきっかけというのがなかなかない気がします。確かに日常的に、嫌なこと、傷つくことというのはボチボチあって、その都度「今のままでいいのかな〜」などと漠然と考えることはあります。でも、そういった些細なことでいちいち立ち止まって考えていては、プライベートにも仕事にも支障をきたしてしまいます。面倒くさいことには目をつむって、人生を楽しまなくてはいけないですからね。</p>
<p>ところが、何年かに一度、自分の気持ちがものすごく動揺する出来事が起こったりします。大切な人の死、離婚、失恋、失業、地震や火事、車の当て逃げ、不慮の事故、怪我、病気、転勤…などなど。なかなか自分でコントロールの及ばないことであり、かつ、頻繁に起こることではないから、そういうことが起こると、かなり動揺してしまう。もちろん、どういうことがきっかけになるかというのは、個人レベル、その時の状況などで、全く違うと思うのですが。</p>
<p>いずれにしても、それらが原因となり、気持ちに動揺が起こり、その後、不安や喪失感が襲ってきます。すると、急に自分の今置かれている状況というのが鮮明に見えてきたりします。苦しい経験、辛い経験をした時、今の現状がそれを支えてくれるかどうか。仕事、人間関係、家族、パートナー、趣味などが、自分の喪失感を埋めてくれるのかどうか。そういった基盤が強固であれば、そのままで良いのですが、普段から現状に疑問や不満を持っていたりした場合は、それをきっかけに一気に吹き出す場合もある。そして自分の現状について、考えざるえない状況になる。</p>
<p>これが転機というものなんじゃないかと思うようになりました。</p>
<p>転機のきっかけは自分で作り出すもんじゃない。外から何らかの形で、刺激があって、その刺激が自分にとって大きかった時、潜在的にあった問題点が明らかになる。そして、それにどうやって対応するか考えざるえなくなり、現状を変えるためのアイデアを練り始め、実際に行動を起こす。</p>
<p>最近、「Sleepless in Seattle（邦題：めぐり会えたら）」を観たのですが、トム・ハンクスが演じる主人公は、奥さんの死をきっかけに、長年住んでいたシカゴを離れ、シアトルで新生活を始めます。彼のシカゴの同僚は、カウンセリングや新しいパートナー探しの話などをして彼を元気づけようとするのですが、彼には全く効果がありません。結局、彼は大きな変化が必要だということで、一人息子とともにシアトルへ引っ越します。引っ越した後ですら、二年間くらい、眠れない日々が続きます。死んだ奥さんへの気持ちから離れられずにいます。しかし、そんな彼を心配した息子が、とあるラジオ番組に電話をかけるところから、彼の新しい人生がスタートします。</p>
<p>彼の場合の転機は、最愛の奥さんの死でした。しかし奥さんを失った代わりとなるものがない。「時間が解決してくれる」ということをよく言いますが、彼は時間がたったとしても、現状のままでは喪失感は埋まらないのを知っていた。奥さんがあまりに素敵な人だったから、その代わりになる人なんてなかなか現れないというのがわかっていた。</p>
<p>だから、彼には大きな変化が必要だったんだと思います。場所を変え、新しい生活を始めようと行動していくことで、彼なりの新しい物語を作らなければならなかったんじゃないかと思います。死んだ奥さんの存在が大きかっただけに、彼女との思い出が残るシカゴを離れなければいけなかった。その喪失感、動揺を乗り越えるためには、思い切った変化が必要だった。</p>
<p>いろいろと共感することが多い映画でした。動揺することがあると、眠れなくなるというのもそう。僕は寝るの大好きだし、嫌な事はすぐ忘れようとするタイプだし、寝られないことは滅多にありません。だから、眠れなくなるほどの出来事というのは、僕の人生にとって非常に大きかったりします。</p>
<p>アメリカに来て十年目。そして日本語を教え始めて六年目（ボランティアやTAの時代も含め）。時期的に見ても様々なことを考え直さなければならない時が来ました。このままアメリカで日本語を教えていきたいという気持ちはまだ強いです。今まで積み重ねて来た経験を捨てるのにはかなりの覚悟がいります。でも、心細いアメリカでの生活で、大きく心が動揺することがあると、全てを投げ出してしまいたくなることがあります。やはり基盤となるものが弱い。だから、このまま教え続けていきたくても、何かを変えなければならない。だったら、何を変えなければいけないのか。今、これに取り組まなければ、またうやむやになって、数年間、問題を抱えたまま過ごさなくてはいけません。それだけはどうしても避けたいと思ってます。</p>
<p>ただ、考えているだけでは、何も変わりません。なので、少しずつ新しい一歩を踏み出していくことが大切なんでしょう。その現状を動かそうとする過程の中で見えてくるものがあるし、新しい人間関係というのも生まれてくるはずですからね。様々な行動を通じて、過去の自分、今の自分、そして未来の自分をつなげる、新しいストーリーを作っていければと思います。それがどんなことになるかは見当もつきませんが、それでいいんだと思います。行動を続けることで、どこかへ導かれていくんだと思います。たとえそれが僕の想像だにしなかったことでも、いいんだと思います。小さな自分自身が作る「未来の自分」にとらわれず、オープンな気持ちでこの問題に取り組んでいきたいです。</p>
<p>でもやっぱりキーワードは人なんだろうと思います。素敵な人との出会い。トムハンクスが演じた主人公を癒す事ができたのも、新しい出会いであり、人でしたからね。僕の場合もきっとそうなんじゃないかと思ってます。そんな人達とどこで出会えるのか、まだわからないのですが…。</p>
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		<title>「何をやりたいか」より「誰とやりたいか」</title>
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		<pubDate>Mon, 17 Nov 2008 13:32:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shinya</dc:creator>
				<category><![CDATA[生き方]]></category>

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		<description><![CDATA[最近、すごく思ってることです。仕事にしても、プライベートにしても。 僕は自分が「何をやりたいか」ということを考えることがすごく苦手です。でも、「ああ、この人と何かしたい」と思うことは難しくない。この人とだったら、面白いことができる。何かを作って行く過程を楽しめる。達成感をシェアできる。この人とやれるのなら、まあ、やることは何でもいっか、などと思えてしまう。もちろん、お互いの好きなこと、得意なことなんかだったらそれにこしたことはなんでしょうけど。 プライベートにしてもそう。「どこに行きたいか」よりも「誰と行きたいか」が僕の中で本当に重要なんですね。目的地なんて実はどこだっていい。旅先で何を食べた、どこに行ったかということは重要なことじゃない。でも、誰と行くかは僕にとって大問題なんですね。自分の好きな「誰か」と一緒に時間を過ごすこと自体が僕にとっては何よりも大事みたいです。 誰と一緒に働きたいか。 誰と一緒に遊びたいか。 誰と一緒に生きたいか。 素敵な人との出会い、そして人間関係というのは、やはり僕の中では一番プライオリティーが高いんだな〜と、最近すごく実感しています。結局僕は、好きなことをやってたとしても、一人でやってたら、どーでもよくなってしまう人間みたいです。「好きなこと」が状況や環境によって変わってしまうんです。でも、「好きな人」っていうのは、僕の中でわりと変わりにくいんです。 きっとこういうのはどうしようもない僕の性格なんであり、個性ってもんじゃないのか。なんだかそんなことを考えた今日この頃でした。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>最近、すごく思ってることです。仕事にしても、プライベートにしても。</p>
<p>僕は自分が「何をやりたいか」ということを考えることがすごく苦手です。でも、「ああ、この人と何かしたい」と思うことは難しくない。この人とだったら、面白いことができる。何かを作って行く過程を楽しめる。達成感をシェアできる。この人とやれるのなら、まあ、やることは何でもいっか、などと思えてしまう。もちろん、お互いの好きなこと、得意なことなんかだったらそれにこしたことはなんでしょうけど。</p>
<p>プライベートにしてもそう。「どこに行きたいか」よりも「誰と行きたいか」が僕の中で本当に重要なんですね。目的地なんて実はどこだっていい。旅先で何を食べた、どこに行ったかということは重要なことじゃない。でも、誰と行くかは僕にとって大問題なんですね。自分の好きな「誰か」と一緒に時間を過ごすこと自体が僕にとっては何よりも大事みたいです。</p>
<p>誰と一緒に働きたいか。<br />
誰と一緒に遊びたいか。<br />
誰と一緒に生きたいか。</p>
<p>素敵な人との出会い、そして人間関係というのは、やはり僕の中では一番プライオリティーが高いんだな〜と、最近すごく実感しています。結局僕は、好きなことをやってたとしても、一人でやってたら、どーでもよくなってしまう人間みたいです。「好きなこと」が状況や環境によって変わってしまうんです。でも、「好きな人」っていうのは、僕の中でわりと変わりにくいんです。</p>
<p>きっとこういうのはどうしようもない僕の性格なんであり、個性ってもんじゃないのか。なんだかそんなことを考えた今日この頃でした。</p>
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