バカの壁/養老 孟司
僕にとっての「バカの壁」。
・数学などの話になると苦手意識で思考回路が停止する。
・複雑なプログラミングは僕には向いていないと最初っから諦めている。
・昔、韓国人のルームメートと大ケンカをして、韓国人の男の考え方は理解できない!とサジを投げていたことがある。
…と、今パッと思いつくのはこんなところでしょうか。僕はこの本を読んで「バカの壁」の定義というのは、自分が知りたくない情報に対して、自分から一方的に壁を作って遮断してしまっているような状態だと解釈しました。
確かに人生は限られているし、自分が苦手に思う事や、嫌いなことに時間を割くのは合理的ではないという考え方もできると思います。でも、このバカの壁が個人単位から、国家単位まで広がっていくと、とんでもないことが…。著者である養老孟司氏は本の中でこう述べています。
知りたくないことに耳をかさない人間に話が通じないという事は、日常でよく目にすることです。これをそのまま広げていった先に、戦争、テロ、民族間・宗教間の紛争があります。例えばイスラム原理主義とアメリカの対立というのも、規模こそ大きいものの、まったく同じ延長線上にあると考えていい。
僕が上述した、三番目の韓国人の友達とのケンカの話が良い例な気がします。ケンカの内容は大したことでは無かったんですが、その当時はもう完全に考え方や文化が違う!と嫌気がさして、思考停止に陥りそうになったんです(詳細を書くと長くなるの省略します)。でも、その後、僕はその他の韓国人の友達と話をして意見を聞いたり、本を読んで韓国の文化を学んでいくうちに、少しずつ彼らの考え方が見えるようになってきた。そうなってくると今度は逆に、ケンカをした前の時よりも韓国という国が魅力的に見えてくるなんてことがありました。もちろんまだわからないことだらけですが、もし僕がケンカをした後に考えるのを停止していたら、バカの壁を作っていたら、結果は逆に作用していた気がします…。
多分、人間って自分が上手く理解できないことや、わけがわからなそうなものに対して、嫌悪感みたいなものを感じるんでしょうね。そうすることで自分を守ることができるし、楽なのかもしれない。逆にわかりやすいことや都合のよいことに対しては、好感を持つようにできている。
だけどそんな「バカの壁」の中に住み続けていると、壁の外のことが見えなくなってしまう。壁の中からしか物事が見れない人間になってしまう。そうすると、何かとても大切なことを考えられない人間になってしまうのような気がします。だから僕はこのバカの壁をできるだけ取り除こうと努力していこうと思ってます。でもこれがなかなか難しいんですよね…。
僕がここで記事を書いているのは、ある意味そういう人間にならないためのトレーニングな気がします。僕の脳みそは確実に好き嫌いがあって、嫌いなものや面倒くさいものは全然記憶してくれないんです。でも、コンピューターは記憶してくれる。バカの壁がない。「これは嫌いだから記憶しないよ」というのがない。だから気になった事は全部ここで記事にしておいて、コンピューターにセーブしといてもらおうというのが僕の作戦です。でも、コンピューターは一度に全部忘れてしまうこともあるんですよね…。だからバックアップはまめに取らなきゃいかんですね。
なにはともあれ、バカの壁を越えた、懐の広い人間になりたいな〜と思います。極論ですけど、それが世界平和に繋がっていく…、そんな気がするようになりました。
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