ウェブサービスの「情緒」
今はお休み中ということで、いろいろと新しいウェブサービスを試しているんですが、どういうわけか、そんなサービスの中で、単にアカウントを作って放置というのもあったりします。使いたくなるサービスと放置してしまうサービス。どうしてそうなっちゃうのかな〜と思ってた時に、このsuwaowaさんの記事に出会ってなるほどと腑に落ちる所がありました。
friendfeedやposterousに存在しないのは。
そこに在るのは「合理」と「論理」。
無駄が無く、ある種の目的のためにはそれが最も相応しいのだろう。
一方
tumblrとtwitterには「情緒」がある。
引用元: suwaowa.
ちなみに最近、僕が愛着を持って使い続けているサービスはというと…
- tumblr
- flickr
- WordPress
- mint
などです。どれもこう「情緒」というか「愛嬌」みたいなものを感じるんですよね。思わず使いたくなってしまうんです。「役に立つ」とか「合理的」というだけじゃない。シンプルなだけじゃない「何か」。
それに比べて、微妙にのめり込めないサービスというのが
- friendfeed
- MyBlogLog
- Quicken (online version)
- SugarSync
- 最近のMovable Type
すごく便利でいつも使わせてもらっているけど、どういうわけかTwitterやTumblrほどの愛着が湧いてこない。facebookももちろん使っていますが、facebookはわりとこの二つの中間かななんて勝手に思ってます。僕の場合は、愛着があってというより、みんな使ってるからという理由が大きい気がします。こういったことは、あくまで個人的な好みに左右されることが大きいと思うんですが。
そんな中で、さらに思い出したのがGoogleの元デザイン責任者がTwitterに入社したというニュース。
退社の理由として、主観を廃してデータに基づいてデザインを決定するGoogleのやり方を挙げていた。例えばGoogleは2種類の青色のうちどちらを採用するかを決めるのに、41種類のパターンをテストするという。こうしたデータ主義が「Googleをまひさせ、デザイン面での大胆な決定を妨げていた」とし、「このような環境ではやっていけない。こんな些細なデザイン上の決定について議論するのが嫌になった」と述べていた。
引用元: Googleの元デザイン責任者、Twitterに入社 – ITmedia News.
「Less is more」という有名な言葉がありますが、それへの批判として「Less is bored」という言葉もあったりします。結局、合理的であってもそれがいきすぎると、なんというか「情緒」が失われてしまう。そのことによって「愛着」が持てる何かが失われてしまうのかもしれませんね。







